「ちはやふる 結び」

最終更新: 2018年6月14日

「ちはやふる 〜結び〜」観てきました!


あまりに素晴らしくて

同じ日に2回観ちゃいました笑


ああーーーめちゃくちゃ面白かったーーー・・・


「ちはやふる」では3部とも百人一首、競技かるたについてとても上手に表現していて

特に百人一首の1000年前から残り続ける、和歌の美しさ。

たった31文字に表現された奥深さ。

行間に隠された意味、日本人であることが誇らしくなります。


その和歌に込められた思いと映画の内容がリンクしていき

映像がとても美しくて。

俳優さんもみなさんほんとうにハマり役で。


上の句も下の句も大好きで、名言がわんさかある「ちはやふる」。

台詞の一つ一つに本当に泣かされます。


そしてそして

今回の、結び。

震えるほど良かった。


もちろん前作を観ているからみんなの成長っぷりにも涙だし。

でもただの青春恋愛映画で終わらないこの映画。


1000年残り続けてた百人一首、自分たちは何をのこせるのか

青春全部かけたこの時間、もし何も残らなかったら?後悔しか残らなかったら?という不安

自分が大好きなもの、楽しいものとどう向き合っていくべきなのか


それは若い時期に限らず、今の自分自身の問いにも重なるところがあります。

それを先輩である大人たちがほんとうにほんとうに見事に答えていってくれます。


(以下はネタバレになってしまいます!)


今回の結びで大好きな台詞(ちょっと違うかも><)


チャンスのドアはこちら側にはノブはついていない。誰かが開けてくれた時に、迷わずそこに飛び込んでいけるか。こころの準備ができているか。そこで力が出せるかどうか。

顧問の先生の台詞。

アラフォーですがこの歳になっても、ドキッとする言葉でした。

自分で開けた気になっているけど実はチャンスは誰かがくれているもの。

そしてチャンスを与えられた時に私は全力を出せるだけの準備ができているだろうか?


何も残らないなんてことはありえない。手触りはずっと残り続ける。何年も、何十年でも。

原田先生の台詞。

「怖くないですか、全部かけて、

もし何も残らなかったらって。悔しさしか残らなかったら、って。」と言う太一の問いに返した言葉。

何十年もかるたに本気で向き合ってきた原田先生のこのセリフは本当に痺れる。

喜びも悔しさも悲しさも、全て刻まれている。

体が覚えている。

情熱全てかけてなにも残らない、やらなければよかったなんてこと

ありえないんだ。


一線を越えろ

太一のメンターになった周防さんの台詞。

かるたは耳の良さがとても重要になるが周防さんは天才的に音を拾うことができる。

(かるた界では音を聞き分ける能力が高いことを"感じがいい"と言うそう)

「感じがいい、と言うが僕はそうは思わない。

単に選び方の問題だ。

聞くべき音、そうでない音、人は無意識にその音を聞き分けている。

既成概念や先入観、そう行ったフィルターを通す前の、音になる前の音。

ありのままの音を聞け。

自分で引いたその線を超えたとき、

今まで音だと思っていたものが音と呼べなくなるほど世界が変わる」、といったような台詞も続きました。

自分で引いたその線を越える。

当たり前だと思っていたものがひっくり返る世界。想像を超える世界。

脳に直接入ってくる、固有の名前がつく前の音。

それはおそらく美しい音楽のようなものなのかもしれない。

その先の世界を少し体験させてもらえた気がした。

「君はもう聞こえているだろう、ありのままの音」


この世には、二度と取り戻せない光がある。でも、私たちには、一瞬を永遠にとどめる力が確かにあることを忘れないでほしい。

こちらも周防さんの台詞。

それが全てなんだなと思いましたた。この「結び」で言いたいこと。

百人一首の美しさ、昔の人が残した思い。

それが1000年たっても受け継がれているということ。

誰かが感じた一瞬の光。情熱。青春。そういったものは儚く見えても、人にはそれを永遠に、繋いでいくことができる。

それを繋いでくれる人がいる限り。


「繋げる」ということ。

私たちは何かを繋げるために今ここにいるのかもしれません。


ああ、また観たいなぁ


大國魂神社の桜。美しい。

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